Lady Green's Diary

英語講師Lady Greenの日記

2021年締めくくり

気が付くともう年末。今日で2021年も終わりですね。長かったような、短かったような。コロナの緊急事態宣言でモヤモヤした日々もありましたが、無事にこうしていられることは有難いとも言えるのかもしれません。

 

1年を振り返ってみると、去年に引き続き今年もオンラインの仕事が多かったなぁ。今年は大学のレッスンに加えて久しぶりに法人研修も担当して、これがとても良い経験になりました。私を含めて複数人の講師で担当したんですが、他の先生のレッスンをオブザーブする機会を得られたり、情報交換しながらレッスンを進めていったりする中で新しい気付きや学びがありました。レッスンで使用するスライドもどんどん進化して、今後のレッスンにも生かせていけそう。

 

大学のレッスンでは学部の先生が私のレッスンを見学に来られて、良いフィードバックが頂けたり、コース終了後のアンケートでも生徒達から良いコメントをたくさんもらえて、頑張った甲斐のある仕事となりました。こんな風に手応えを感じられる仕事は、次も頑張ろうと前向きな気持ちになれます。

 

個人でやっているレッスンの方も、音読レッスンやブックディスカッション、プレゼンテーションなど定期的に開催できて、いつものマンツーマンレッスンと共に楽しい時間となりました。来年もマイペースで続けていきたい。

 

翻訳の方も、波はありましたが去年よりはお仕事できたので、今の私には十分だったかなという気がします。翻訳はぼちぼちやってく感じかなぁ。来年どうなるだろう~。

 

仕事の方はそんな感じで、色んなことをバランス良くできた1年だったように思います。新しい経験もできたし、ちょっと成長できたかな?

 

一方で、仕事とは別に家の方は何かと大変で、チャレンジの日々。長い緊急事態宣言が明けた辺りから、父が急速に弱ってしまって、今や1人で外出できなくなってしまっています。数年前の脳梗塞以来半身にちょっと麻痺が残っていて、これまでも杖をついて歩いてたのですが、外出自粛ですっかり筋力が低下してしまって、今は家の中で歩くのもヨロヨロな感じ。これまでは、朝は近所の喫茶店、夜は行きつけの飲み屋さんに毎日出かけていたのが、どこにも出かけず家にいるもので、本人もストレス、私もストレス。通院の付き添いや食事の世話など、何かとする仕事が増えています。

 

本人が少しでも快適に過ごせるように、介護ベッドを借りたり歩行器を借りたり、通所リハビリに通わせたり色々と対策していますが、急速な変化に対応がまだついていってない感じです。ケアマネジャーさんやヘルパーさん、かかりつけ医など色んな人の助けを借りながら何とかやっています。まだまだこれから考えなきゃいけないことがあるので、課題は来年に持ち越す感じです。

 

自分もさほど体力ないもので、あまり負担が増えると辛いので、色んなサポートを利用しながらやっていこうと思います。仕事だってしたいし、自分の人生も楽しみたい!何とか両立できるように知恵を絞って、お互いにとって少しでも楽に快適に過ごせるようにしたい。完璧にはできないと思うので、お互いに少しずつ妥協して譲り合っていく必要があるかなと思います。

 

そんなこんなで色々とあった1年でした。来年に向けて色々と課題もありますが、とりあえず無事に年を越せることに感謝しつつ、新しい年を迎えたいと思います。

 

皆さんもどうか良いお年をお迎え下さい。

 

 

10月TOEICの結果

遅ればせながら先月に受験したTOEICの結果をご報告します。

やっぱり満点はならずでした・・・。

 

リスニング 495点

リーディング 485点

合計 980点

 

アビメを見たところ、リスニングでもどうやら1問位間違えているようです。リスニングの場合はちょっと位間違えてもスコア上は満点が出たりするので、点数が満点だからといって全問正解したとは限らないんですよね。受験後の感想でも書きましたが、パート3の最後の方でちょっと集中力が落ちてうっかり聞き逃した箇所があるので、おそらくそこで落としているのだと思います。

 

リーディングの方では自覚があるのが文法問題で落とした1問。これは自分でも解答に迷って、帰ってから調べたらやっぱり間違えていたので、文法問題で落としたのはそこでしょう。あとは、アビメによると読解問題でも2問位落としているよう。これは自覚がないので、多分引っ掛け問題にまんまと引っかかっているのではないかと思います。

 

やっぱり満点というのはそう簡単に取れるものではないですね。あとちょっとで手が届くという感じはあるので、もうちょっと続けてTOEIC受験していけば990点取れるのかもしれません。しかし、そこまでのエネルギーを(お金も笑)TOEICに注ぐ気がないこともあって、取り敢えず次の受験はまた来年か2年後くらいになるかと思います。

 

ここ最近は2年おき位の受験になっていますが、スコアは大体安定しています。リスニングでは満点を取れています。アビメを見てみると、スコア上は満点でも数問くらい落としているようなので、今回はたぶん1問だけのミス。そういう意味ではリスニングの結果はここ数年で一番良かったと言えると思います。リーディングの方は、以前はなかなか400点台の後半に乗らなかったのが、今ではすっかり480点前後を安定して取れるようになっています。2年前の受験時に時間配分を失敗して最後の数問を読めなかった時ですら475点だったので、読解が安定してきているのは間違いない。これはやっぱり翻訳の勉強・仕事を通じて得られた力だなぁと思っています。プラス洋書も役に立っているかな?英会話スクール勤務時代は、仕事で必要なスキルはスピーキングが中心で、読解をあまりちゃんとやっていなかった。翻訳の勉強を始めて、難しい文章をしっかり読む精読をするようになり、これがリーディングのスコアアップにつながっていると感じます。

 

TOEICスコアのアップには、英語力だけでなくテストスキルも必要になってきますが、その点は大学や法人研修でさんざんTOEIC対策を教えていることで、解き方のコツが身についてきているという気もします。これは英語力ではなくTOEIC力なので、個人的には身についてもそんなに嬉しくないんですけど(笑)

 

とにかく、満点には届かなくても、自分としては満足のいく結果です。今後もこれ位のスコアを維持しながら、使える英語力を磨いていけたらと思っています。TOEICでは測れない力があると思うし、TOEIC満点取れても出来ないこともある。講師としてTOEIC対策を教えていても感じることですが、TOEIC学習を通じで英語力アップをしていって、最終的には英語を使って自分がやりたいこと(仕事とか、留学とか、英語でのコミュニケーションとか)を出来るようにしていくことが大切。実用的な英語を身に付けようと思ったら、TOEICで出てくる英語表現はとても参考になると思うのです。私はビジネス系の翻訳をする時にTOEICのビジネスレターを参考にしたりします。会話でも、使える表現が満載。

 

なので、私は決してTOEICを否定はしません。有効に活用していけばいいと思っています。ただ、それが全てじゃないし、スコアさえ上がればいいという考えは残念だと思います。講師業を続ける限り、今後もTOEICと関わっていくと思うので、自分のスタンスを持ちながら、TOEICとお付き合いしていければと思います。

 

 

 

映画『RESPECT』を見て感じたこと

久ぶりに映画館に行ってきました。見たのは『リスペクト』という映画。ソウルの女王アレサ・フランクリンの伝記映画です。見たいなぁと思っていたところ、たまたま予定が空いて時間が出来たので「そうだ映画に行こう」と思い立って出かけて行ったのでした。映画を見に行くのは『ボヘミアン・ラプソディー』以来。またしてもミュージシャンの伝記って感じですが、音楽好きだし、それにこういう音楽映画は映画館で鑑賞した方が音楽のパワーもより一層感じられて良いかなぁと思うのです。やっぱり家のPCで見るのとは迫力が違う!

 


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以下、若干ネタバレありの感想です。

 

アレサを演じたのは『ドリームガールズ』のジェニファー・ハドソンです。あの時も圧倒的な歌唱力と存在感で主役のビヨンセよりもインパクト強く、すっかりファンになってしまっていたので、今回も期待たっぷりに見に行きました。そして、その期待を裏切らない素晴らしい歌唱!!!やっぱりこの人の歌は凄いわ。

 

音楽の素晴らしさはもちろんなのですが、一人の女性として自分らしく生きることを模索し、自分の信念に従って生きることを選ぶ、そんなアレサの生き方に勇気と元気をもらえました。時代はまさに公民権運動の真っ只中。アレサの父親が牧師であったこともあってキング牧師とも交流があり、その時代の背景も描かれているのがまた興味深い。キング牧師の葬儀での歌唱も素晴らしかった!私はつい泣いてしまいました。それ位に彼女の歌声には心を揺さぶるものがある。

 

人種の問題も描かれているのだけれど、私が受けた印象は「黒人として」というよりも「女性として」の苦悩でした。子供の頃から歌の才能を発揮していたアレサを、父親は歌手としてデビューさせようとするのですが、自分の思う通りにさせたいという思いが強くてどこか支配的。それに対してアレサも反発し、父の反対を押し切って結婚して家を出るのだけれど、夫もまた支配的な人でアレサを束縛する。せっかくのチャンスを夫によってつぶされそうになったり、自分勝手で支配的な男に見ていて腹が立ちます。せっかくの彼女の才能をどうして邪魔するんだ!と。でも、そんな中で、自由を求めて藻掻き、自分らしい歌、自分の声を見つけて才能を開花していき、自分の心に従い信念に従い生きることを決意するその過程に、同じ女性として勇気をもらえるのです。そうだ、負けてちゃだめだ。人の言いなりに生きるのではなく、自分の人生は自分で決めるんだ!と背中を押してもらえる。

 

映画のワンシーンで、アレサのファンという女性が彼女に話しかけてこんな風に言います。「一言だけ言わせて。あなたの歌を聞くとまるで自分のことが歌われているように感じる。人生辛いことも多いけど、励まされるわ。」彼女の歌にはそんな力がある。私も彼女の歌を聞きながら、歌詞を聞きながら、自分も強く生きよう!という気持ちになりました。

 

ライブシーンやレコーディングのシーンなど、歌のシーンはたくさんあるのだけれど、やっぱり一番印象に残ったのは映画のタイトルにもなっている「リスペクト」という曲でしょうか。黒人として、女性として、一人の人間として、それぞれの立場で、自分が不当に扱われていると感じた時、「リスペクトが欲しい」と感じることは誰にでもあることじゃないかと思う。なので、きっと誰にとっても共感できる部分があるんじゃないだろうか。

 

映画を見ていてひとつだけ残念だったこと。最後の教会での歌唱シーン。これも本当に感動的で胸にグッとくる場面。そのシーンにかぶさって、アレサのその後の功績が字幕で紹介されていくのだけれど、字幕を読むことに気を取られて、ジェニファー・ハドソンの歌をじっくり堪能できなかった。歌を聞きたい、でも字幕も読まなきゃ、という感じ。それでもやっぱり聞きながら涙がこぼれたのだけれど、本当はもっとじっくり堪能して聞きたかったなぁと思います。そこだけが残念でした。最後のシーンもう1回見たい!

 

最後のエンドロールで、アレサ本人の歌唱シーンが流れたのも印象的。アレサ・フランクリンに敬意(リスペクト)を表してということでしょう。そういう演出も良かったです。この映画、アレサ本人にも見てもらいたかったという気がします。自分の役を演じるのはジェニファー・ハドソンに、と自らオファーしたのだとか。期待に応え見事演じきった彼女に、きっとアレサも喜んだに違いない。そして、やはりアレサ・フランクリンの歌声も、映画のジェニファー・ハドソンの歌声と同様に聞く人の心を揺さぶる。

 


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久しぶりの映画鑑賞、とっても堪能できました。やっぱり家で見るのとは違う良さがあります。また時間見つけて映画館に足を運びたいと思います。

 

しばらくはジェニファー・ハドソンアレサ・フランクリンの歌声をYouTubeヘビーローテーションしておこうと思います。『ボヘミアン・ラプソディー』の時といっしょ笑。映画見た後ってそんな感じです。まだまだ余韻に浸っておこうと思います。

 

 

 

 

第281回TOEIC受験してきました

先週末に久ぶりにTOEICを受験してきました。コロナの感染状況もようやく少し落ち着いてきて、私もワクチン接種を無事に終えられたこともあり、2年ぶりに受験することに。実は、TOEIC協会HPのアカウントにここ2年全くアクセスせずにいたら、登録メールアドレスにお知らせメールが来て、「2年以上アクセスしていないとアカウントが無効になります」とのこと。ええぇぇ、そんなルールあるの?!1か月以内にログインしないとアカウントが使えなくなるということだったので、取り敢えずログインだけしてみたら、ちょうど申し込み受付中!コロナ対策で受験は抽選式になっていて、申し込み受付期間が1週間位とこれまでよりもかなり短めになっています。本当は値上げ前に受験しようと思ってたのですが、気が付いたら申込期間が終わっていて受験しそびれていたのでした。値段も高いし、TOEICしんどいし、あんまり受けたくないなぁなどと思っていたのですが、あまりのタイミングの良さに「これは受けろってことかもしれない」と思って申し込んでみたのでした。2年ぶりの申し込みということもあって無事に抽選には通りました~。

 

2年間に受験した時も同じく2年ぶりくらいの受験でした(2年おきが定番になっているのか・・・)。その時はリーディングで最後の数問時間が足りず、ちょっと悔しい感じに終わったのでした。スコア自体はそこまで下がることはなく、970点という結果。しかし時間が足りなかったのが悔しかったので、今回はしっかり勉強していこうと思っていたのですが、結局いろいろと忙しかったりもして(言い訳)、思った程には勉強できず。しかし、前日に公式問題集を一通り解いてから挑みました。これでTOEICの勘がちょっと戻った気がします。

 

 

ちなみにリスニングはPart 2で2問間違い。読解問題で3問の間違い。計5問のミス。読解問題3問のうち2問はほんとにうっかりミスみたいな内容だったので、本番ではこういうミスのないように、と自分を戒めて当日の試験に挑む。

 

たぶん満点は私には無理じゃないかと思うので、980点位は取れるようにという現状維持を目指す感じで受験。ここ最近の急な気温の変化に若干体調崩し気味だったので、「とにかく無事に最後まで頑張って受ける」ことを目標に(ハードル低い)行ってきました。あんまり意気込むと失敗したりもするので、それ位の感覚の方が良いかも~という気もします。当日も朝から頭痛でスッキリしない。頭痛の時は特にマスクつけてると耳が痛くて疲れるんですが、取るわけにもいかないので我慢我慢。TOEICって本当に英語力だけでなく、体力もいるよなぁ。年々身体がしんどくなっていくのを感じます。

 

さて、2年ぶりのTOEICの感想ですが、まずはリスニング、Part 1 はちょっとわかりにくい問題が数問。たぶん全問正解しているとは思うのですが、TOEIC指導してる生徒さんたちのことを思うと、ここは間違えそうだな、というポイントがいくつかありました。これまでもPart1では現在完了形と進行形の使い分けが出題されることが多かったですが、物が主体になった写真での出題が多かった印象。受動態の進行形と、完了形が出てくるパターンです。しかし、今回、人物が主体の写真で完了形が出てきたので、これはちょっと一瞬悩むんじゃないかなぁと思いました。それでも単純に動詞を聞き取れば良い問題もあるので、満点を目指すのでなければ、取れるとこで取る感じでスコアを積み上げられるかと思います。

 

そして、今回一番難しかったのがPart 2 。公式問題集解いた時も間違えたのはPart 2 なので、何気に一番難しいのかもしれません。単純に冒頭の疑問詞を聞き取ればいいような問題もありましたが、ひねった答えのものが多かったように思います。例えば、A or B の選択疑問文で、どちらかを答えるのではなく「もし可能ならCがいい」と別の提案をするようなパターン。変化球で返してくるパターンが目立っていたので、答え方のバリエーションを幅広く対応できるようにしておく必要があります。初級レベルの受験者には難しいかも。私も1,2問間違えたかもしれません。

 

Part 3、Part 4は普通な感じ。割と素直に答えを選べる問題が多かったように思います。イギリス人男性の英語が早口でちょっと聞きにくいなぁと思いましたが、それ以外は特別に難しいという感じはなかったように思います。ただ、Part 3 の最後の方で疲れが出てきて集中力が途切れ、最後の問題で聞き逃した箇所が。多分これかなぁという感じで選びましたが間違えてるかも。気を取り直して再び集中してPart 4 に入り、そこからは最後まで聞き取ることが出来ました。リスニングの体力が必要ですね。

 

Part 5 は比較的サクサク解けましたが、1問だけ悩んだ問題が。名詞を入れる必要があるのですが、可算名詞か不可算名詞かどちらか選ばないといけない。これってどっちだっけ?悩んでも答えは出ないのでえいやっと不可算にしましたが、帰って辞書で調べたところどうも複数形が正解っぽい・・・。これで満点は逃した感じです。しかし、そんなとこついてくるんだなぁ。やっぱり全問正解は難しい。

 

Part 6、 Part 7は文章挿入でちょっと悩んだ問題があります。話の展開をしっかり把握しないといけないので、難易度はちょっと上がります。読解問題も文書によって難易度に差があるので、やはり解きやすいものと解きにくいものがある。自分のスコアに応じて取れる問題でしっかり取っていくという姿勢が必要。ちなみに前回のTOEIC受験で時間が足りなかったので、今回は意識的にペースを上げて解いていったところ5分前位に終わりちょっと見直しする時間ができました。ペース配分がしっかり出来たのは満足。ちなみに複数文書読みの問題で「こんな簡単な問題でいいの?」というような単純な問題があって、「あれはもしかして何かの引っ掛けだったのでは」と未だに半信半疑です。複数文書をまたいで読む問題は、英語の読解力というよりもちょっとしたクイズみたいな気もします。上手いこと情報を見つけられたら正解が選べるので、コツをつかんで点数を取っていけると思うのですが、なんとなく「それって英語力とちょっと違うよね」という気がしてもやっとした気持ちにもなります。

 

最近は法人研修でも大学レッスンでもTOEIC対策ばかりなので、たまにこうしてTOEIC受験していくことは必要かなと思います。スコアアップのアドバイスをしていく上で、TOEICのテストスキルは必要。ただ、受講生にはやはり英語力をしっかり身に付けて欲しい。テストで結果を出すことも必要なのだけれど、それが目的になるのは本末転倒だしもったいない。実用的な表現もたくさん出てくるし、TOEIC対策で英語の勉強することが実力アップにもつながるのは確か。ただ一方で、複数文書をまたいで読んでパズルみたいに情報を照らし合わせて答えを出すことが、英語のリーディング・スキルを測ることになるのだろうかと疑問に思う気持ちもあります。

 

やはりTOEICの点数にこだわりすぎず、TOEICでは測れない英語力があると認識して、あくまで一つの指標という感覚でいるのが良いのかなと思います。一度満点を取ってみたいとも思っていたけれど、満点取ったからってどうなんだっていう気もするので、TOEIC満点のために使うエネルギーをもっと別の英語学習に使いたいなと改めて思った次第です。TOEICの傾向を把握して、解き方のコツをつかんで、とTOEIC学習するよりも、洋書を読んだり英語の記事を読んだり、Bookclubで英語でディスカッションしたり、ということの方がやっぱり楽しいもの♪

 

とは言え、それでもやっぱり仕事で必要なので、実地調査のためにもまた受験すると思います。受験料値上がりして懐具合が厳しくなってきたので、公式問題集でお茶を濁しておくのもありでしょうか。でも、公式問題集も結構いいお値段するんですけど・・・。Vol. 7 を買おうかなぁと思っていたら、最近Vol. 8 も出たよう。

 

 

最新号を、と思うけれど、来年なったらまた新しいのが出るんだろうなと思うのでどのタイミングで買うか悩むところです。まぁ、受験料より安いし、繰り返し使えるからいいんだけど・・・。仕事でTOEIC対策を教えるのでなければ、TOEICは出来れば受験したくないようにも思います。それでも、やっぱり結果は気になるんですけど(笑)また報告いたしま~す。

 

 

『金閣寺』とThe Temple of Golden Pavilion

今日は久しぶりにブック・レビューを書いてみようと思います。最近オンラインの生徒さんと始めたブック・ディスカッションで扱った、三島由紀夫の『金閣寺』です。

 

 

実はこの作品、別のブック・クラブでも2年位前に読んでいます。そちらは外国人も多数参加するインターナショナルな集まりです。共通言語は英語で、日本語のわからないメンバーはこの作品を英訳版で読んで参加します。当然ながら私は日本語の原書で読みました。しかし日本語もけっこう難解で、よく理解できない部分もある。2回読んでもやっぱりよくわからない箇所がありました。ディスカッションが盛り上がるかちょっと心配しましたが、意外といろいろな話が出来て面白かったです。一人で読むとここまで理解は広がらないので、誰かといっしょに読んでシェアするというのは大事だと思います。ちなみに、英語版はThe Temple of Golden Pavillionというタイトルです。

 

 

 

三島由紀夫の世界を英語にするとどうなるのかと興味があり、kindle版でサンプルをダウンロードして冒頭部分を読んでみました。英語の方が読みやすいかもという気さえするのが不思議です。三島由紀夫は海外でも人気が高いですが、英訳の質の高さもその要因のひとつかもしれません。同じ作品でも翻訳版だとまた違った印象になりそうです。出来れば原書で読めるのが一番だと思いますが、翻訳版と読み比べてみるのも面白そうです。

 

例えば、作品の冒頭部分で主人公が金閣寺について語る箇所はこんな感じです。

写真や教科書で、現実の金閣をたびたび見ながら、私の心の中では、父の語った金閣の幻の方が勝を制した。父は決して現実の金閣が、金色にかがやいているなどと語らなかった筈だが、父によれば、金閣ほど美しいものは地上になく、又金閣というその字面、その音韻から、私の心が描き出した金閣は、途方もないものであった。 (三島由紀夫金閣寺』)

 

Though occasionally I saw the real Golden Temple in photographs or in textbooks, it was the image of the Golden Temple as Father had described it to me that dominated my heart. Father had never told me that the real Golden Temple was shining in gold, or anything of the sort; yet, according to Father, there was nothing on this earth so beautiful as the Golden Temple. Moreover, the very characters with which the name of the temple was written and the very sound of the word imparted some fabulous quality to the Golden Temple that was engraved on my heart. (Yukio Mishima The Temple of Golden Pavilion)

 

この部分だけでは分かりずらいかもしれませんが、日本語の原文は全体的に固い印象で、知らない言葉もたびたび出てきます。スラスラ読める日本語ではない。母国語なのにちょっと読みずらい。英語でももちろん知らない単語は出てきますが、外国語なので「知らない単語があって当然」と思うので意外とすんなり読めそうな気がします。翻訳するには内容を理解して訳さなければいけないので、私が原文を読んで難解と感じた部分が英語でどう表現されているのかちょっと気になるところです。英語で読んで理解が深まるなんてこともありそうです。ただ、翻訳者の解釈が多分に入ってしまいそうでもあります。日本語では行間を読み想像で補わなければいけないところを、英語ではわかりやすく提示されていたりします。なので、英訳版で読んで「ああ、あそこってそういう意味?」なんてことが起こりそうです。

 

おそらく、この本を読んで金閣寺を訪れたという外国人もいるのではないでしょうか。以前に通訳ガイドの授業を受けたことがあるのですが、講師が「金閣寺を案内する際は三島由紀夫について質問されるので準備しておくように」と言われていたのを思い出します。特にアメリカ人に人気なのだそう。実際に本を読むまではできなくても、あらすじなどの概要は知っておくとガイドの際には役に立ちそうですね。会話の糸口になったり、それで話が盛り上がるかもしれません。

 

読むのになかなかのエネルギーを要する作品でしたが、独特の世界観があって魅力的でもあります。先ほど冒頭部分を紹介しましたが、主人公が金閣寺のことを「金閣寺」と言わずに「金閣」とだけ表現しています。でも、なぜかこの「金閣」という響きの方が幻想的な美しさを彷彿させます。これを英語では"the Golden Temple"と訳されていますね。本のタイトルは"The Temple of Golden Pavilion"です。これだと長くなるので、文中ではシンプルに"the Golden Temple"です。大文字になるのは固有名詞だからです。小文字にしてしまうとただの「金色の寺」です。ここは絶対に大文字にする必要があります。ちなみに、金閣寺の正式な英語名は何なのかと公式サイトで確認してみました。

 

www.shokoku-ji.jp

 

そのまま、Kinkaku-jiと表記されています。ただ、金閣寺についての説明文ではKinkaku-ji Golden Pavilionが登場します。日本を訪れたことがなく金閣寺についても知らない人がKinkaku-jiとだけ言われても、それが一体どんなものなのか想像ができません。なので、Golden Pavilionを付け加えることで相手にわかりやすくなるわけです。

 

三島由紀夫の『金閣寺』の世界を表すのに、The Temple of Golden Pavilionという言葉の響きが個人的に気に入っています。本のタイトルとして良いですね。主人公がobsessed(取り憑かれた)と言える位に心を奪われた金閣寺の美しさを想像できそうな気もしませんか?主人公は父親から聞かされた金閣寺の美しさを心の中で想像し、どんどんと引き込まれていきます。そして、いざその金閣寺を目にした時は、ほんの少しの失望さえ感じる。期待が膨らみすぎると失望するということはよくあることですね。それでもやはり、その後金閣寺への思いが薄れることはなく、さらに思いを強めていくことになります。そして、最後には金閣寺に火を放つという行為にまで至るわけです。

 

歴史上で実際にあった金閣寺放火事件を題材にしていますが、史実とは違う部分もあり三島由紀夫オリジナルな世界が描かれていきます。果たして犯人がどのような心境で犯行に至ったかはわかりません。ノンフィクションではなくフィクションとして読むべき小説でしょう。作者の三島由紀夫という人も非常にドラマティックな人生を送った人です。そんなことも踏まえた上で、三島ワールドを堪能するのが良いかもしれません。

 

「ブック・レビューを書く」と言いましたが、この作品を分析したり語ったりできるほどに内容を深く読めていないというのが正直なところです。ただ、何とも言えない魅力と力を感じる作品でした。文学作品というのは時に難解で気軽に読めるものではないかもしれませんが、気軽に読めるエンターテインメント小説にはない存在感や緊張感のようなものがあるのも事実です。世界的にもファンが多い三島作品を、1冊は読んでおけると良いのではと思います。『金閣寺』はそういう意味でもお勧めの1冊と言えるのではと思います。

 

ちなみに、私は読書にはKindle端末を愛用しています。特に洋書はKindle版がお勧めです。値段が安いことも多く、知らない単語をサクッと調べられたりもします。今回のようにサンプルをダウンロードして読んでみたりするのにも便利です。日本語版と英語版の読み比べができるのも良いですね。冒頭部分だけでも作品の雰囲気がわかります。とは言え、紙の本の手触りが好きで、全て電子版だと少し寂しい気もして、たまに紙の本を買ってしまいます。上手に使い分けていくのがベストかも。

 

 

2回目ワクチン接種と乳がん検査の結果

久しぶりのブログ更新です。9月は結局一度も更新できずに終わってしまいました・・・。2回目のワクチン接種も無事に終了して、なんとか元気にやっています。巷で言われている通り、やはり2回目接種の後は38度を超える発熱がありました。1日で熱は下がりましたが、肩こりや頭痛などなんとなく不調をしばらく引きずっていました。そんな中で久しぶりに翻訳の仕事の打診があったので、どうしようかとちょっと悩みましたが、ここ最近は大学の仕事で忙しく翻訳の方は断ってばかりだったので頑張って引き受けることに。休憩たっぷり入れながら無事に仕上げて納品。プルーフしてくれたのが以前にスクールの授業でお世話になった先生だったので、なんだかちょっと嬉しかったです。そして、苦手な冠詞を初めて一つも直されなかった!私もちょっとは成長したかしら?でもまた次は直されそうな気がしますが(笑)

 

話は変わりますが、2度目のワクチン接種の後に乳がんの定期検査を受けてきました。10月はピンクリボン月間。だからというわけではないのですが、10月に検査を受けることが多くて、毎回病院に行くとピンクリボン月間のポスターが貼ってあります。女性の皆さん検診受けていますか?乳がんサバイバーとして私もちょびっとだけピンクリボン活動ということで、ブログで検診のお勧めをしておきます。乳がんは早く見つかれば治癒が可能な病気です。治療の選択肢も多い。私などは何度も再発してますが、今もこうして無事に生きていられるのは、早めに発見できたおかげです。そして、乳癌の治療法はどんどん進化していっている!私の場合、最初に罹患したのが20代の後半だったので、今から20年くらい前ということになります。その間にどれほど乳がん治療が進歩したか!私は左右とも罹患してどちらもそれぞれに再発しているのですが、その都度治療法が進歩していて驚かされます。手術や抗がん剤、分子標的薬、ホルモン治療と色んなこと経験していますが、手術方法もどんどん変わっているし新しいお薬がどんどん出てくる。昔は分子標的薬などはなかったので、その時代に再発していたら、たぶん余命〇年とか言われていたところでしょう。そう考えると自分は幸運なんだとも思います。今元気でいられるのは、医療の進歩のお陰でもある。

 

それでも、毎回検査結果を聞きに行くときはドキドキしながら病院に行っています。一応最悪のシナリオを覚悟しつつ「もしまた再発しても頑張って乗り越えよう!」と決意しつつ診察室に入っていきます。で、結果が良好だとなんだかちょっと寿命が伸びた気がして嬉しくなります。今回の検査もドキドキしながら結果を聞きに行きましたが無事にクリアしました。また寿命が伸びたぞ~。ちなみに今回はワクチン接種後の検査だったので、技師さんにもその旨伝えておきました。やっぱり接種した側の腕のリンパ節はちょっと腫れているとのこと。エコーでもCTでもリンパの腫れが見られたよう。先生曰くワクチン接種後2か月ぐらいリンパの腫れが残るのだとか。と言うことで、ワクチン接種後に乳がん検診予定されている方は、検査技師さんにしっかり接種の旨を伝えておくことをお勧めします。しかし、見えないところで体は影響を受けているんだなぁ。でも違う見方をすれば、自分では感じられなくても体はちゃんと反応している、つまり抗体もしっかり出来ているということでもあります。引き続き感染対策はしっかりしていきますが、外出の際や人と会う時にちょっとした安心感ができたので、やっぱりワクチン接種しておいて良かったなと思います。

 

今月からは大学の秋の講座もスタートします。久しぶりの対面レッスンになるので、ちょっとドキドキします。すっかりオンラインレッスンに慣れてしまっているので、ディクテーションの答え合わせの時など、PowerPointあればパッと答え出せるのになあ、なんて思ったりもします(笑)オンラインならではの便利な点もありますが、対面ならではの利点もやっぱりあるので、特に学生たちはクラスメイトと同じ教室で勉強するレッスンを楽しんでもらいたいなとも思います。オンラインばっかりやっぱりちょっとかわいそうな気がしますもん。

 

また大学とは別に、法人研修の新しいレッスンの話が来ていたりします。こちらはオンラインのレッスン。実は事業所がかなり遠方に会って対面だったらできないような仕事です。こういうことができるのはオンラインの利点だなぁと思います。昨年はコロナの影響もあってさっぱり法人研修の仕事はありませんでしたが、今年になってからオンラインでの企業研修がちらほらと入ってきています。会社の方もリモートワークが定着してきて、オンラインでの研修に積極的になってきているのかもしれません。業種にもよると思いますが、リモートでも出来るような仕事の場合、コロナ収束後も在宅ワークとオフィスに出勤しての仕事の両方を継続していく会社も多そうです。そうなってくると、教室での授業よりもオンラインレッスンの方が便利が良い。出勤している社員も在宅ワークの社員も、それぞれの場所で授業に参加できるわけです。そう考えると今後もオンラインでの法人研修というのが残っていくんだろうなという気がしています。コロナ前はこんな風にオンラインで大学や法人のレッスンをするなんて思ってもみませんでしたが、時代の流れに合わせて自分も働き方を変えていかないといけないなと思います。ほんと、こんな時代が来るとはなあ。コロナは早く終息してほしいですが、一方でこれを機に始まった新しい仕事のスタイル、良いところは残して行けると良い。いろんな働き方があって良いと思うので、対面で授業をしたりオンラインで授業をしたり、在宅で翻訳をしたり、いろんなことを楽しんでいけたらと思います。いろんなことをちょっとずつしている感じで、仕事の効率は悪いんではないかと思うこともありますが、常に新鮮な気持ちでいられるのは利点かと思います。

 

本当に人生って何が起きるか分からない。分からないから面白くもあり、不安でもあり。でもどうせなら楽しんでしまったほうがいいという気がするので、その時々で柔軟に対応して、新しいことを学んで新しい可能性を開いていけたらと思います。乳がん治療がどんどん進歩していくように、コロナの治療も進歩していくと思います。ワクチンが出てきて、新しい治療薬や治療法が出てくる。そうして、人類はこの新しいウィルスにも打ち勝っていけるはずと思っています。当然副作用はあるし、失われる命もある。でも、それはどんな病気でも同じこと。ただ、こんな風にみんなが向き合っていかなきゃいけないというのはちょっと特殊な状況でもあります。だからこそ、社会が大きく変わるきっかけにもなるのだろう。どう変わっていくのか、どう変えていくのか、自分ではコントロール出来ない面もあるけれど、自分が動いて変えていけるものもある。出来ることならば良い変化にしていきたいから、「この経験から何を学べるだろう、どう人生を、社会をより良い方向に変えていけるだろう?」と考えながら、一歩ずつ進んでいければと思います。

 

 

 

Book Club Discussion: 日系アメリカ人を主人公にした『No-No Boy』

今回は最近読んだ本の話です。先月のBookclubでディスカッションした作品なのですが、日系アメリカ人を主人公にした小説『No-No Boy』です。

 

 

こちらの本は以前にもこのブログで紹介したことがあります。私にとって思い入れのある作品です。大学生の頃に読んで凄く心に残った作品で、Bookclubに参加するようになって「いつかBookclubでも取り上げられたらいいのになぁ」と思っていました。そして、ついに念願叶ってpickupしてもらえることになったのでした!初めて私がこの本を読んだのは20年位前のことで、今は新版になって再リリースとなっています。前書きも新しく追加されているということで、改めてKindleで新しいものを購入して再読してみました。新しい前書きは同じく日系アメリカ人作家であるRuth Ozeki氏によるもの。この前書きも良くて、改めて作品の持つ力を再認識することが出来ました。

 

この作品、実はそのバックグラウンドも非常に面白くドラマティックです。作者のJohn Okadaさんは日系人アメリカ人作家ととして本を出版した最初の人。とても素晴らしい作品なのですが、1957年に出版された当初は全く読者に受け入れられませんでした。日系アメリカ人のコミュニティからすらも受け入れられず、ほとんど葬り去られそうになっていた作品でした。第2次世界大戦後のアメリカを舞台にして、主人公は徴兵を拒否して服役したIchiroが出所してきたところから始まります。彼は自分が戦争に行かなかったことを深く後悔しています。当時多くの日本人・日系人強制収容所に入れられていたことはよく知られた話ですし、収容所での体験や、日系人部隊が戦争で活躍した話などはよく語られていると思うのですが、徴兵を拒否したNo-No Boyと呼ばれた人たちのことや、日系アメリカ人同士の間であった差別について語られることは多くない気がします。Ruth Ozeki氏が前書きに書いているように、当時の日系人たちはアメリカ社会に溶け込むことに一生懸命で、作品に書かれている内容を受け入れる準備が出来ていなかったのだと思います。

 

この本が「再発見」されて認められるようになったのは、1970年代に入ってからのこと。中国系アメリカ人作家ジェフリー・チャン氏が、たまたまジャパンタウンの本屋で見つけて感銘を受け、他のアジア系作家たちと共に尽力して再出版にこぎつけた。そうしてようやく認知され受け入れられるようになったのですが、残念なのはそのほんの数か月前に作者のジョン・オカダ氏が亡くなっていたこと。その辺りの経緯も本の前書きやあとがきに書かれているのですが、読んでいて本当に切なくなります。オカダ氏の妻を訪ねていった時のことがこんな風に書かれています。

 

Dorothy is a truly wonderful person. It hurt to have her tell us that "John would have liked you." It hurt to have her tell us that "you two are the first ones who ever came to see him about his work."(ドロシーは本当に素晴らしい人です。彼女が「ジョンはあなた達のことを好きになっただろうと思います」と言うのを聞くのは辛かった。「彼の作品について聞くために訪ねてきたのはあなた達2人が初めてです」と言うのを耳にするのも辛かった)

 

結局彼が残したのはたった1冊の作品だけでした。でも、それが日系アメリカ・アジア系アメリカ文学のclassic(古典)として今もずっと読み継がれている。そんな作品の背景も作品そのものと同じくらいに印象的なのです。

 

私は20年ぶりにこの作品を再読してみて、改めて主人公の言葉の持つパワーに圧倒されたし、彼の苦悩がひしひしと伝わってきました。実は、最初に読んだ時は主人公があまりにネガティブであまり魅力的な人物と感じられませんでした。でも、当時の日系アメリカ社会で、No-No Boyとして生きていくことがどれほどに難しいことであったかと思うと、彼の絶望感は致し方ないのかもしれないと思います。それでも、色んな人物との出会いを通じて最終的には「一筋の希望」を見出します。

 

作品で描かれているのはアメリカ社会で非白人として生きていくことの難しさ。どんなに命がけで戦争で戦っても相変わらず日本人・日系人への偏見・差別が存在する事実へのやるせなさ。そしてそれゆえに、戦争に行った二世たちが、行かなかった二世たちを差別するという、差別の複雑な構造。

 

... when one is born in America and learning to love it more and more every day without thinking it, it is not an easy thing to discover suddenly that being American is a terribly incomplete thing if one's face is not white and one's parents are Japanese of the country Japan which attacked America.(...アメリカで生まれ、気がつくと日に日にアメリカを愛するようになっている。そんな中で、白い顔を持たず、両親がアメリカを攻撃した日本という国の出身である自分が、アメリカ人であると言うには恐ろしく不完全なのだということを突然に気づくのは、簡単なことではないのだ)

 

アメリカで生まれ育った二世たちは、当然のごとくアメリカを愛するようになり、自分はアメリカ人だと当たり前のように思っている。でも実は、白人の顔を持たず、日本人の親を持っていると、アメリカ人として不完全なのだといういうことをある日突然思い知らされる。Ichiroはそのことに気付けずに、間違いを犯してしまったんだと言います。戦争に行ってアメリカのために戦い、自分がアメリカ人であることをちゃんと「証明」するべきだったんだと悔やんでいる。

 

この作品は決してハッピーな話ではないし、アメリカ社会の如何ともし難い人種差別の問題を扱っているのだけれど、それでも読後感がなぜかさわやかな気がするのが不思議で、それがこの作品の魅力でもあります。絶望的な状況の中に一筋の光が差し込んでいるような感じです。作品が書かれて50年以上が経つけれど、今読んでも内容は色褪せていないし、普遍的なテーマを扱っています。一部で言われているように文章には粗さがあるのかもしれないけれど、そこに作者の「書かずにはいられなかった思い」を感じて心に刺さるのです。

 

Bookclubのメンバーたちがこの本を読んでどう思うだろうかと非常に気になったのですが、概ね好意的に受け取ってくれて、「良かった」と言ってくれたのが、まるで自分のことのように嬉しかったです。Ichiroの友人として登場するKenという人物がいるのですが、私は最初に読んだ時から彼のことが好きで、それをメンバーにも伝えたところ、アメリカ人のメンバーが同じように「私も彼が大好き」と賛同してくれたのも嬉しかった。私にとって大事な作品を、Bookclubのメンバーとシェアできたことをとても光栄に思います"。

 

もしもこの記事を読んで気になると思って下さったなら、ぜひ『No-No Boy』を読んでみて下さい。