Lady Green's Diary

英語講師Lady Greenの日記

Everything I Never Told You 読了

こちらの本、読み終えました。なかなか良かった!

Everything I Never Told You (English Edition)

Everything I Never Told You (English Edition)

 

 ミステリーでありながらもヒューマンドラマでもある。というより、ヒューマンドラマの中にミステリーの要素が入っていると言った方が良さそうかな。Lydiaの死の真相を追いながら、父の、母の、そしてそのまた親の物語があり、親から子へと受け継がれる悲しい物語がある。

How had it begun? Like everything: with mothers and fathers. Because of Lydia’s mother and father, because of her mother’s and father’s mothers and fathers. Because long ago, her mother had gone missing, and her father had brought her home. Because more than anything, her mother had wanted to stand out; because more than anything, her father had wanted to blend in. Because those things had been impossible.

医者になることを夢見て大学に進学したLydiaの母だけど、彼女の母は「女性は家庭に入るもの」という考えの人。大学に行かせるのもそこで素敵な夫を見つけるため。ところが母の意に反して娘が恋に落ちたのは中国系アメリカ人の大学教授。大学卒業前に子供を授かり2人は結婚することに。当然母親は快く思っていない。一方、Lydiaは2人の子供の母となり育児に追われ家事に追われ、大学卒業はどんどん先延ばしになっていく。

 

そんな中、結婚式以来、1度も会っていなかった母親の死の知らせが届く。久しぶりに帰った実家で母の遺品整理をしている時に見つけた母の料理本。アンダーラインが引かれたり母のメモ書きがたくさん残っているその本は、まさに母そのもの。「良き妻、良き母であること」を常に求め、それを何よりも大切と考えた母。夫は家族を置いて家を出ているのに、それでも尚「良妻賢母」を理想とし続けた母。まさに母を体現するこのcook bookを見て決心する。"I will never end up like that."(私は絶対にそんな風にはならない)と。このくだり、彼女の思いがビンビンと伝わってきて、作者の「上手さ」を感じます。そしてこの料理本が小道具としてとても効果的に使われている。物語の終盤で、あっと言わせてくれます。

 

さて、母の形見の料理本をきっかけに、彼女は夫と子供を置いて家を出て、大学に戻る決心をします。しかし、決意と同時に迷いもある。子供の、夫の声を聞きたくて、何度も家に無言電話をかけてしまったり。そして、母の帰りを待つ子供たちの気持ちも切ない。どちら側の気持ちもわかるので、尚更に切ない。そして、この過程があるからこそ、この後の展開が説得力を持ってくるのです。

 

結局は家に戻ることになってしまうのですが、夢を諦めた彼女は、今度は自分の夢を娘のLydiaに託すのです。「母のようにはなるまい」と誓ったのに、結局は家庭に収まらざるを得なくなってしまった。娘にはそうはなって欲しくない、と。Lydiaは、「母がまた自分たちを置いて家を出て行ってしまうのではないか」という不安から、母が望む通りの娘になろうと必死で努力する。

 

一方で、街で唯一の中国系として常に異端の目で見られてきた父親は、学業よりもなによりも「周りと仲良くすること」「人気者になること」を娘に求める。Lydiaは、母からは「学業で優秀な成績を収めて将来は医者になること」を期待され、父からは「友達をたくさん作って皆の人気者になること」を期待され、この全く違う二つの期待を背負ってどんどん追い詰められていく。

 

Lydiaを中心に回っていく家庭の中で、兄と妹もまたそれぞれの思いを抱えている。皆がそれぞれに痛みを抱えながら、ある意味それを偽りながら暮らしている。町で唯一の中国系アメリカ人として孤立する中、家庭の中でもひずみがあり、それがLydiaの失踪・死によって浮き彫りになる。ついにこれで家族は壊れてしまうのかと思うのだけれど、作者が用意した結末はそうではなかった。最後に明かされるLydiaの死の真相は、ある意味で非常に切なくもあるのだけれど、同時にそれは、ある意味で希望に満ちたものでもある。でも、これは家族の誰も知らない。Lydiaしか知らないこと。

 

Lydiaの母も、そのまた母も、それぞれに叶わなかった願いを子供に託している。それは良妻賢母だったり男性と対等に働く自立した女性だったり。どちらの女性像も、それ自体が悪いわけではない。ただ、それが子供の望むものと一致していないことが悲劇を生む。

 

 タイトルのEverything I Never Told Youというのは、Lydiaが家族に話さなかったことなのだろうけれど、実は彼女だけでなく家族の皆がそれぞれに打ち明けられずにいる思いを心の中に秘めている。家族という身近な存在だからこそ話せずにいることが、人にはあるのではないかという気がします。それを心に秘めたまま終わるのか、どこかのタイミングで打ち明けるのか、もしくは家族以外の誰かに打ち明けることで、思いを昇華していくのか。何らかの形で処理して昇華していくことで、初めて自分らしく生きることが可能になるのではないか。

 

人は皆、どこかで自分を殺しながら生きているのかもしれない。親からであったり、会社からだったり社会だったり、何かしらのしがらみの中で、自分に求められる役割を演じながら、自分でないものになろうと必死になっていることはないだろうか?そしてまた自分以外の誰かに、「こうあって欲しい」という理想を求め、相手の本当の姿や思いから目を逸らしていないだろうか?

 

エンターテイメントとしても、人間ドラマとしても、非常に優れた作品だと思います。人種・性差別をテーマと見る向きもあるようですが、その枠の中で見てしまうと本質を見失いそう。これは、「色んなしがらみの中で、どう自分らしく生きていくか」という、全ての人に通じる普遍的なテーマがあるのではないかと私は思います。