Lady Green's Diary

英語講師Lady Greenの日記

『金閣寺』とThe Temple of Golden Pavilion

今日は久しぶりにブック・レビューを書いてみようと思います。最近オンラインの生徒さんと始めたブック・ディスカッションで扱った、三島由紀夫の『金閣寺』です。

 

 

実はこの作品、別のブック・クラブでも2年位前に読んでいます。そちらは外国人も多数参加するインターナショナルな集まりです。共通言語は英語で、日本語のわからないメンバーはこの作品を英訳版で読んで参加します。当然ながら私は日本語の原書で読みました。しかし日本語もけっこう難解で、よく理解できない部分もある。2回読んでもやっぱりよくわからない箇所がありました。ディスカッションが盛り上がるかちょっと心配しましたが、意外といろいろな話が出来て面白かったです。一人で読むとここまで理解は広がらないので、誰かといっしょに読んでシェアするというのは大事だと思います。ちなみに、英語版はThe Temple of Golden Pavillionというタイトルです。

 

 

 

三島由紀夫の世界を英語にするとどうなるのかと興味があり、kindle版でサンプルをダウンロードして冒頭部分を読んでみました。英語の方が読みやすいかもという気さえするのが不思議です。三島由紀夫は海外でも人気が高いですが、英訳の質の高さもその要因のひとつかもしれません。同じ作品でも翻訳版だとまた違った印象になりそうです。出来れば原書で読めるのが一番だと思いますが、翻訳版と読み比べてみるのも面白そうです。

 

例えば、作品の冒頭部分で主人公が金閣寺について語る箇所はこんな感じです。

写真や教科書で、現実の金閣をたびたび見ながら、私の心の中では、父の語った金閣の幻の方が勝を制した。父は決して現実の金閣が、金色にかがやいているなどと語らなかった筈だが、父によれば、金閣ほど美しいものは地上になく、又金閣というその字面、その音韻から、私の心が描き出した金閣は、途方もないものであった。 (三島由紀夫金閣寺』)

 

Though occasionally I saw the real Golden Temple in photographs or in textbooks, it was the image of the Golden Temple as Father had described it to me that dominated my heart. Father had never told me that the real Golden Temple was shining in gold, or anything of the sort; yet, according to Father, there was nothing on this earth so beautiful as the Golden Temple. Moreover, the very characters with which the name of the temple was written and the very sound of the word imparted some fabulous quality to the Golden Temple that was engraved on my heart. (Yukio Mishima The Temple of Golden Pavilion)

 

この部分だけでは分かりずらいかもしれませんが、日本語の原文は全体的に固い印象で、知らない言葉もたびたび出てきます。スラスラ読める日本語ではない。母国語なのにちょっと読みずらい。英語でももちろん知らない単語は出てきますが、外国語なので「知らない単語があって当然」と思うので意外とすんなり読めそうな気がします。翻訳するには内容を理解して訳さなければいけないので、私が原文を読んで難解と感じた部分が英語でどう表現されているのかちょっと気になるところです。英語で読んで理解が深まるなんてこともありそうです。ただ、翻訳者の解釈が多分に入ってしまいそうでもあります。日本語では行間を読み想像で補わなければいけないところを、英語ではわかりやすく提示されていたりします。なので、英訳版で読んで「ああ、あそこってそういう意味?」なんてことが起こりそうです。

 

おそらく、この本を読んで金閣寺を訪れたという外国人もいるのではないでしょうか。以前に通訳ガイドの授業を受けたことがあるのですが、講師が「金閣寺を案内する際は三島由紀夫について質問されるので準備しておくように」と言われていたのを思い出します。特にアメリカ人に人気なのだそう。実際に本を読むまではできなくても、あらすじなどの概要は知っておくとガイドの際には役に立ちそうですね。会話の糸口になったり、それで話が盛り上がるかもしれません。

 

読むのになかなかのエネルギーを要する作品でしたが、独特の世界観があって魅力的でもあります。先ほど冒頭部分を紹介しましたが、主人公が金閣寺のことを「金閣寺」と言わずに「金閣」とだけ表現しています。でも、なぜかこの「金閣」という響きの方が幻想的な美しさを彷彿させます。これを英語では"the Golden Temple"と訳されていますね。本のタイトルは"The Temple of Golden Pavilion"です。これだと長くなるので、文中ではシンプルに"the Golden Temple"です。大文字になるのは固有名詞だからです。小文字にしてしまうとただの「金色の寺」です。ここは絶対に大文字にする必要があります。ちなみに、金閣寺の正式な英語名は何なのかと公式サイトで確認してみました。

 

www.shokoku-ji.jp

 

そのまま、Kinkaku-jiと表記されています。ただ、金閣寺についての説明文ではKinkaku-ji Golden Pavilionが登場します。日本を訪れたことがなく金閣寺についても知らない人がKinkaku-jiとだけ言われても、それが一体どんなものなのか想像ができません。なので、Golden Pavilionを付け加えることで相手にわかりやすくなるわけです。

 

三島由紀夫の『金閣寺』の世界を表すのに、The Temple of Golden Pavilionという言葉の響きが個人的に気に入っています。本のタイトルとして良いですね。主人公がobsessed(取り憑かれた)と言える位に心を奪われた金閣寺の美しさを想像できそうな気もしませんか?主人公は父親から聞かされた金閣寺の美しさを心の中で想像し、どんどんと引き込まれていきます。そして、いざその金閣寺を目にした時は、ほんの少しの失望さえ感じる。期待が膨らみすぎると失望するということはよくあることですね。それでもやはり、その後金閣寺への思いが薄れることはなく、さらに思いを強めていくことになります。そして、最後には金閣寺に火を放つという行為にまで至るわけです。

 

歴史上で実際にあった金閣寺放火事件を題材にしていますが、史実とは違う部分もあり三島由紀夫オリジナルな世界が描かれていきます。果たして犯人がどのような心境で犯行に至ったかはわかりません。ノンフィクションではなくフィクションとして読むべき小説でしょう。作者の三島由紀夫という人も非常にドラマティックな人生を送った人です。そんなことも踏まえた上で、三島ワールドを堪能するのが良いかもしれません。

 

「ブック・レビューを書く」と言いましたが、この作品を分析したり語ったりできるほどに内容を深く読めていないというのが正直なところです。ただ、何とも言えない魅力と力を感じる作品でした。文学作品というのは時に難解で気軽に読めるものではないかもしれませんが、気軽に読めるエンターテインメント小説にはない存在感や緊張感のようなものがあるのも事実です。世界的にもファンが多い三島作品を、1冊は読んでおけると良いのではと思います。『金閣寺』はそういう意味でもお勧めの1冊と言えるのではと思います。

 

ちなみに、私は読書にはKindle端末を愛用しています。特に洋書はKindle版がお勧めです。値段が安いことも多く、知らない単語をサクッと調べられたりもします。今回のようにサンプルをダウンロードして読んでみたりするのにも便利です。日本語版と英語版の読み比べができるのも良いですね。冒頭部分だけでも作品の雰囲気がわかります。とは言え、紙の本の手触りが好きで、全て電子版だと少し寂しい気もして、たまに紙の本を買ってしまいます。上手に使い分けていくのがベストかも。